天保10年(1839年)に生まれた江戸時代の長州藩士高杉晋作は、慶長3年4月14日に27歳の若さで亡くなるまで激動の幕末を生きた。松下村塾に学び、奇兵隊の創設などをはじめ尊王攘夷派の志士として活躍し、倒幕運動の中心となった人物である。
「おもしろきこともなき世をおもしろく」という辞世の句で知られる晋作の短い人生は、実際にも破天荒そのものであったと伝えられる。中国へ留学し、清が欧州の植民地にされる様を見て日本の行く末を危惧した晋作は、幕府への抗議としてイギリス大使館を焼き討ちするなどの抵抗を行う。また、当時は死罪にも相当する脱藩を何度も繰り返したり、藩のお金で軍艦を購入しようとしたりするなど、豪快で自由な人物としても記録されている。
