慶長17年(1612年)の4月13日、宮本武蔵と佐々木小次郎が巌流島で決闘したとされる。13歳で決闘に勝利して以来60戦無敗という武蔵は、二刀流をはじめた二天一流兵法の開祖であり、京都の兵法家吉岡一門との戦いなどで剣豪としての名をあげていた。他方、小次郎は流名を巌流と言い、剣客とされているが、その人物像は生没年も不詳でよく分かっていない。
天下一の剣豪の座をかけたと言われる決闘は、宮本武蔵の船の櫂を削った木刀が佐々木小次郎の長刀「野立刀」を破った物語として有名である。武蔵はこの時、2時間の遅刻をして小次郎を動揺させたという逸話もあるが、こうした物語は吉川英治の小説『宮本武蔵』で描かれた創作であるとする見方が強く、史実上は謎の多い決闘となっている。
